引っ越しで「高額な原状回復費用」を請求されたけど、父が弁護士だったから何とかなった

【少額訴訟とは】

今回私が選択した「少額訴訟」とは、その名の通り少額で民事訴訟を起こせる仕組みである。通常の訴訟と比べていろいろ異なる点はあるが

・60万円以下の金銭をめぐる民事トラブルが対象

・訴訟費用が安い

・審理が1日で終わって即日判決が下る

という点が主な特徴だ。

通常の訴訟は弁護士を立てる費用が発生したり、判決までに長い時間がかかったりと何かとハードルが高いが、少額訴訟は手続きやプロセスがとてもシンプル。そして裁判にかかる金額も安い。(私の場合、裁判自体にかかったお金はだいたい諸々含めて1万円程度で済んだ。)

「気軽に」と言うと語弊があるが、民事で少額のトラブルが発生した場合はかなりハードル低く法の判断を仰げるシステムと言えよう。

【新たに分かった弁護士視点のポイントも】

訴訟に向けてこちらの言い分を整理する段階に入り、父から弁護士視点で「この請求もおかしくない?」という点も新たに出てきた。

・リモコン、ハシゴの新品交換費用全額負担はおかしい

・ルームクリーニング費用の全額負担はおかしい

の2点である。

リモコンとハシゴの新品交換については、先にも書いたが「こちらの過失で新品購入の必要が発生したもの」だから、当然こっちが全額負担するものだと思っていた。ところが、父曰く

「紛失等の扱いでも、7年以上住んだことによる減価償却が認められるから、全額払う必要はない」

とのことだった。そうなの?

「減価償却」とは簡単に言うと「資産は時間が経つにつれてその価値が減っていく」という考え方のことを指す。

仮に今回のリモコンやハシゴが紛失ではなく「7年半使用した結果ボロくなったから新品に買い替えることになった」という状況だったとする。そうなると、「いや、でも7年以上も使えばある程度経年でボロくなるのは当たり前だから、新品に買い替えるにしても全額請求じゃなくて7年以上の使用で減った価値の分は請求から差し引かれて然るべきよね」という話だ。(多分)

この考え方は「紛失の場合でも適用される」というのが法律家の見解らしい。ほんまかいな。

続いて、ルームクリーニング費用。こちらは、入居時点の契約書に「退去時に借主がルームクリーニング費用を負担するものとする」という特約が書いてあるので、こちらも当然借主が負担するものだと思っていた。

しかし、弁護士の見解としては

「特約には『どんな汚損状況が発生したらいくらくらいのクリーニング費用が発生する』という具体的な情報が含まれているわけではないから、消費者側に一方的に不利な内容になっている。特約としては効力が弱い。

入念に部屋を掃除した上で明け渡したのなら、ルームクリーニング費用を支払う必要は無い」

とのことだった。これまたほんまかいな。

しかも、私は退去にあたって部屋を可能な限りきれいにしたつもりでいたものの、先述の通り窓枠の汚れが残っていた。「完全にきれいにしました!」とは言えないしなぁ…と父に伝えたところ

「その場合は、汚損が残っていた箇所の清掃分のみ負担にすべきで、ルームクリーニング費用全額が借主負担になるのはおかしい」

とのこと。

素人としては「本当に???」となってしまう内容だが、まぁこの点は裁判にて司法の判断に任せればわかることだろう。

【訴状の作成から提訴までの流れ】

訴えポイントをまとめ、訴状を作る

改めて、今回の裁判における、こちら側の訴えポイントをまとめる。

・キッチンのフローリングリペア代高すぎない?施工の詳細と料金の妥当性を示して

・クローゼットの内部剥離が「通常の損耗を越えた」とする客観的な証拠も出さずに補修を請求してくるのはおかしい

・リモコン、ハシゴの新品交換の全額負担はおかしい

・ルームクリーニング費用全額負担はおかしい

要点を整理したところで、さっそく訴状の作成から始める。初めての訴訟なので「素人でも大丈夫かしら」と不安だったが、裁判所のホームページに敷金返還請求用の訴状のひな形が公開されているので、それをプリントアウトして必要事項を記入すれば大丈夫だった。

ひな形とともに、記入例も公開されているので、心配な場合はこちらも参考にするとよいだろう。(改めて、裁判所がひな形を公開するレベルで頻発している訴訟なんだなと思う)

【必要な書類を用意して簡裁へGO】

続いて「商業登記簿謄本」の取得だ。訴訟の相手が法人の場合は、相手が登記された法人格であることを証明するために、訴状とともに登記簿謄本を提出する必要がある。

こちらは、法務局のホームページから事前に取得の申請をして、住んでいる場所の近くにある法務局の出張所で現物を手に入れることができる。

訴状と相手方の登記簿謄本、証拠になりうる資料を持って東京簡易裁判所に行く。資料は裁判所と相手方に提出したいものを用意する形になる。今回私は資料として

・先方から送られてきた原状回復費用の請求書

・先方とのメールのやり取りのテキストデータを印刷したもの

・訴訟に至るまでの経緯概要をペライチの紙でまとめたもの

を持って行った。ちなみに、裁判所と相手方と2つの提出先があるので、資料は2部ずつ印刷する必要がある。

【素人にも分かりやすい手続き案内】

簡易裁判所に入ると、まずは訴状確認コーナー的な部屋に案内される。そこで、裁判所職員に訴状をチェックしてもらって、抜け漏れがないか確認してもらうのだ。

調整が必要な箇所があった場合は、職員の案内にしたがってその場で訴状を作成しなおすことになる。素人にも分かるよう丁寧に案内してくれるので、問題なく事が運んだ。

ちなみに今回、訴状の概要としては

「管理会社に支払った敷金、預け金10万円の全額返還を求める」

形を取った。

もちろん、今回のトラブルは一部私のほうでも明確な落ち度があるので、全額返還は難しいだろう。しかし、いかんせんどれくらいの費用負担が妥当かどうかは提訴の段階では分からない。それを明らかにするための訴訟だからだ。なので、一旦全額返還を求める形で訴状を作成した。

無事訴状が作成できたら、いよいよ提訴の手続きに入る。

書記官に訴状と持ってきた資料を提出して、対面で事情を説明しつつ内容をチェックしてもらう。この時もまた、素人でも理解できるようかみ砕いて流れや必要な手続き等案内してくれるので、安心だった。

無事訴状が受理され、

「この内容で相手方にも通知して、口頭弁論(裁判当日のことだと思ってもらえれば)の日程が決まったタイミングで電話で連絡します」

と言われた。提訴の手続きはこれにて完了だ。

提訴の手続きは、裁判所に到着してから、だいたい1時間くらいで終わった。

思ったよりもカンタンだった。

【ついに届いた!相手からの資料の中身は】

提訴から1週間くらいして裁判所から電話があり、口頭弁論の期日が伝えられた。期日は提訴から約2ヶ月先。けっこう期間が開くんだな。

また期日までに、こちらが提訴した内容に対する答弁書や資料などが先方から届くとのこと。それまでは待機の時間となる。

期日の決定からさらに1か月くらいして、ようやく先方からの提出資料が届いた。この中には待ちに待った、施工の詳細や証拠等が入っているはずである。

「こちらの言い分を全部覆す、完膚なきまでの証拠が詰まっていたらどうしよう」

とハラハラしながら空けたら、答弁書と「通常訴訟移行の申述書」が入っていた。

なんと先方、少額訴訟ではなく、通常訴訟の移行を求めてきたのである。

そう、少額訴訟は1日の期日で決着がつく手軽さがあるといいつつ、相手方が求めた場合は通常訴訟に移行するケースもあるのだ

通常訴訟はその名の通り、通常の裁判。1日では決着はつかないし、判決に不服があれば控訴とかもできる。必要に応じて弁護士を立てたりすることだってあるだろう。

ちなみに、相手方が通常訴訟を求めてきた場合はこちらに特に拒否権とかなく、自動的に通常訴訟になる。つまり、この裁判は既に通常訴訟となったのだ

こちとら手続きのシンプルさから少額訴訟を選んだのに、通常訴訟に移行されたとなると、素人としてはエライこっちゃの大騒ぎ。

さっそく父に「てぇへんだてぇへんだ」と連絡したところ、極めて冷静な回答が返ってきた。

・少額訴訟が通常訴訟に移行するのは割とよくあること

・通常訴訟に移行したからといって、急に裁判にかかる費用が跳ね上がるとかは無い

・通常訴訟になったからといって、裁判の手続きやフローは少額訴訟のそれとそんなに変わらない

・通常訴訟になったからといって、弁護士必須とかでもない

てっきり「通常訴訟となると手続きとかがガチになるから素人は諦めたほうがいい」的な展開を覚悟していたが、どうもそうではないみたいだ。ひとまず、ホッと一安心。

さて、いったん落ち着いたところで先方から提出された答弁書を読むと

・原告は紛失やトラブルの一部を認めてるんだから、原告の主張は一切受け入れられない

とだけ書かれていた。

あれ、証拠資料は????

施工内容の詳細は????

提訴からひと月くらい音沙汰がなかったから、さぞ入念な証拠の準備をしてるんだろうなと身構えていたのに、肩透かしもいいところである。

さらに、口頭弁論の期日が近づいて来たタイミングで裁判所から

「第1回口頭弁論、先方の担当者は欠席するそうです」

と連絡が来た。どういうこと????

「こちらが求めている証拠もろくに提出しないうえ、第1回期日も出席しないなんて、なんだ、やる気はあるのか!!!!」

と怒り心頭になったが、調べてみたところ

・第1回口頭弁論は被告側が欠席するのがデフォ

だと知った。

第1回口頭弁論の期日は、先方の予定や都合を聞かずに決まる。なので、第1回については、被告側の担当者が不在でも、提出された答弁書の内容をもって出廷したことと同じ扱いになるらしい。そのため、被告側が欠席するケースのほうが多いみたいだ。知らずに怒ってごめん!

次ページ:ついに開廷!裁判本編も波乱だらけ

5 件のコメント

  • 読み応えのあるレポートで、思わず一気読みしました。勝訴に近い和解、ご苦労様でした。
    数年前、娘の交通事故被害の損害賠償請求で、損保会社と交渉をしたときのことが記憶に蘇りました。保険会社はいかに賠償金額を下げるかに会社業績がかかっているのでなかなかタフな交渉でしたが、不動産管理会社も似たところがあるのでしょう。

  • この記事を書いてくださり本当にありがとうございます!!!
    長年のモヤモヤがスッキリいたしました。

    もう10年以上前の事ですが、
    一人暮らしのアパートから結婚を機に引っ越すときに
    同様に
    避難ハシゴの件で大家さんに文句を言われました。

    「押入れの中にあったはずのハシゴが
    なぜベランダにあるのか?
    野ざらしになってボロボロになった。弁償だ!
    払わなければ敷金礼金も返さない」
    と言われ、
    10年も住んで今まで仲良く一階と二階で住んでたのに
    そんな事でキレられてショックでした。

    不動産会社の立ち会いの人も
    「でも避難はしごを押し入れにしまっておくのもおかしな話だし、ベランダに置いておいても変ではない」
    と言ってくれたし
    私も
    「綺麗なまま取っておいてとも言われていないし
    そんなにボロボロでも無い。
    隣の部屋のベランダをいま覗いてみても
    ほら、はしご置いてありますよ?
    説明不足じゃないですか?」
    と言っても
    全然聞く耳を持たず。
    それこそ「訴えてくれても良い」みたいな強気。
    長引きました。

    結婚準備もあり、そんな事でイライラするのも悲しかったので

    「このままじゃ埒があかないので
    お互いに折半でどうですか?
    新品を買うと2万なので、1万ずつで!」

    交渉を持ちかけたらokに。

    1万円もらって、その上で
    楽天で1万円くらいで新品見つけて
    GETしました。笑
    私の金銭負担はなく、気持ち的にも大勝利でした。

    でも納得いかない想いと
    あんなに仲良かった大家さんと最後にモメてしまったのがずっと心残りでした。

    でも、この記事を読んで
    「私やっぱり間違ってなかったじゃん!!
    しかも
    減価償却って考え方もあったのか!
    それに
    訴えてたらこんなに時間かかって
    イライラもする事になってたのかー!
    ほんとお疲れ様でございます…」

    あの頃の気持ちがよみがえりました。

    あの時に、この記事が検索できていたら。
    いや、
    今後引っ越す人の目にふれることを願って。

    重ね重ね、貴重な記事をありがとうございました!!!

  • こんにちは。全て読ませていただきました。
    貴重な情報をありがとうございます。
    私もまさに昨日不動産屋さんから28万円余りの退去費用の請求をされ、国土交通省のガイドラインや、他ネットの情報を熟読している所です。
    発生から裁判終了まで丁寧に説明いただき、概要が掴め、とても心強く思いました。
    弁護士さんのお父様のご意見も、とても貴重でありがたく参考にさせていただいております。
    また、軽快な語り口で、難しい内容もすんなり理解でき、むしろ楽しく読ませていただきました。ありがとうございました!
    今日明日で自分の主張をまとめ、不動産屋にファックスしようと思っています。
    頑張ってみよう、という勇気をいただきました。
    ありがとうございました。

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