「敷金返還を求める裁判は、基本的に和解での決着を促されると思う」
とは事前に父から聞いていたから、この点は驚かなかった。あとは、双方どのラインまで譲歩して和解するかが論点となる。長きに渡る訴訟も、いよいよ最終局面だ。
和解調停は、まず原告と被告の双方が調停役と個別に話をして、互いが希望する和解のラインを確認した上で進めていくことになる。
まずは私が調停役と話をすることに。反省部屋みたいな個室に通され、調停役との相談が始まった。
調停役はとても柔和な女性で、
「もう裁判官的には、9割方判決内容は決まってるみたいなんだけどね…」
とやや苦笑いしながら話し始めた。恋愛リアリティーショーの告白前みたいな出だしである。
「とはいえ、判決を下す形の決着だとまだまだこれから先時間もかかるし、さらに控訴等が起きるとさらに詳細に証拠を検証していく必要とかも出て来て本当に大変だから、やはり今日で全てが終わる和解のほうを提案させてもらいます」
とのことだった。私もそう思う。
調停役の見解と、提案された和解のラインは以下の通り。
・裁判官的には、ルームクリーニング費用は部屋の面積に対して妥当だから、やはり借主が負担するものという見解
・敷金・預り金10万円からルームクリーニング費用4万円を引いたら6万円、さらに今回は原告のほうでも一部のトラブルの過失は認めているから、その点についても勘案して、3~5万円が戻って来るくらいの落としどころでどうか
裁判官による客観的な判断も反映した上でのこの提案ということで、もはやこちらには異論もない。
「5万円戻ってくるなら嬉しいです」
と答えて、先方とバトンタッチした。
先方が調停室に入って10分後くらいして、書記官から再度調停室に入るよう促された。
「げっ、先方がごねてるから直接対決してくださいとか言われたらどうしよう」
と身構えたが、私が着席して調停役の人が開口一番
「先方が5万円を支払うことで和解合意しました」
と言われた。あっさり、和解成立である。
私のほうから調停役に支払いの振込先の情報などを伝え、みんなで再び法廷に戻る。
裁判官から
「和解が成立したということで、もう本件についてこれ以上双方から異議申し立て等はしないということでよいですね。
あとは、後日和解調書を送りますので、振り込みの遅延とかなければこれにて終了です」
と締めの挨拶があり、ようやく長い長い戦いに終止符が打たれた。
【結局、先方の訴えの大部分は認められなかった形】
結論としては、
10万円請求されていた-スタートから、5万円が戻って来る+の着地
に落ち着いた。
「全額勝ち取りました!」とはならなかったが、ルームクリーニング費用4万円以外の請求が1万円程度で済んだと考えると、先方がこちらに請求してきていた原状回復費用のほとんどは、法的には認められなかったと解釈しても良いだろう。
もちろん、和解室で先方の担当者が調停役とどんな相談をしたのかは分からないので、残り1万円の請求がどのトラブルについてかかった負担なのかといった詳細は分からない。また、結局こちらが再三求めていたのに最後まで出てこなかった
・謎の施工業者は法人としての実態があったのか
・実際にどんな施工が行われたのか、その請求内容は妥当だったのか
についての真相も、藪の中である。
それでもやはり、この決着を見るに「管理会社は根拠ガバガバのまま高額な原状回復費を請求してきていたのだ」と思われても仕方あるまい。限りなく勝訴に近い和解と言えよう。
現状回復をめぐるトラブルの裁判をやってみて
ネットで調べると、「原状回復をめぐるトラブルが発生した場合は、少額訴訟で決着をつけるのがおすすめ!」と促す記事がたくさん出てくる。
しかし今回、いざ実際にやってみると相当大変だった。
1月に提訴して、終わったのが8月だから、なんだかんだ決着がつくまで半年以上もかかったことになる。加えて、裁判の期日は全て平日である(裁判所が平日しか空いてないから)。提訴の手続きや口頭弁論期日にあたっては、仕事を休む必要もあった。
さらに、私は弁護士の父のサポートがあってこそ、裁判中に分からないポイントが出て来ても疑問をその場で解決できたし、負担する必要のない項目の見落としにも気付けたし、先方の言い分に反論する答弁書の作成などもスムーズに運ぶことができた。
これについては私が幸運だっただけで、
「この一連の流れを弁護士等の専門家に頼ることなく自力で行うとなると、相当ハードルが高いだろうな」
というのが正直な感想だ。
それでも父は
「原状回復のトラブルは借主側が泣き寝入りするケースが非常に多いから、納得のいかないポイントがあれば、やはり裁判で法の判断を仰ぐ方がよいと思う」
という。
ここまで読んでいただいた方はお分かりいただけると思うが、借主側にある程度過失がある場合であったとしても、管理会社から提示される請求内容と法的な判断の間には差があるケースもあるのだ。
また、「こちらは当然払うもの」と思っている請求の中にも、実は支払う必要がなかったり、減額の対象になるポイントもある。
以上のことを踏まえると、
・借主は原状回復費用の請求内容に少しでも納得できない、不明瞭な部分があれば管理会社に詳細を確認して然るべき
・当然、管理会社側も速やかに詳細を提示してしかるべき
は大前提として、その上で求める回答が得られなかったり、双方の主張が食い違ったりするのであれば、やっぱり裁判など、第三者の判断を以て決着をつける形を取るほうが、双方納得のいく形で終われる可能性が高まるだろう。
同じような原状回復をめぐるトラブルにエンカウントした人は、まずは恐れず不明点をしっかり先方に伝えた上で交渉を進め、それでうまくいかなければ改めて裁判等の次の一手を考えることをおススメする。
可能であれば弁護士や、国民生活センターの相談窓口などに相談してみてもいいかもしれない。
面白い❗️文章上手。めちゃくちゃ為になった。
ちょうど引っ越す前なので、興味深く読ませていただきました。
読み応えのあるレポートで、思わず一気読みしました。勝訴に近い和解、ご苦労様でした。
数年前、娘の交通事故被害の損害賠償請求で、損保会社と交渉をしたときのことが記憶に蘇りました。保険会社はいかに賠償金額を下げるかに会社業績がかかっているのでなかなかタフな交渉でしたが、不動産管理会社も似たところがあるのでしょう。
この記事を書いてくださり本当にありがとうございます!!!
長年のモヤモヤがスッキリいたしました。
もう10年以上前の事ですが、
一人暮らしのアパートから結婚を機に引っ越すときに
同様に
避難ハシゴの件で大家さんに文句を言われました。
「押入れの中にあったはずのハシゴが
なぜベランダにあるのか?
野ざらしになってボロボロになった。弁償だ!
払わなければ敷金礼金も返さない」
と言われ、
10年も住んで今まで仲良く一階と二階で住んでたのに
そんな事でキレられてショックでした。
不動産会社の立ち会いの人も
「でも避難はしごを押し入れにしまっておくのもおかしな話だし、ベランダに置いておいても変ではない」
と言ってくれたし
私も
「綺麗なまま取っておいてとも言われていないし
そんなにボロボロでも無い。
隣の部屋のベランダをいま覗いてみても
ほら、はしご置いてありますよ?
説明不足じゃないですか?」
と言っても
全然聞く耳を持たず。
それこそ「訴えてくれても良い」みたいな強気。
長引きました。
結婚準備もあり、そんな事でイライラするのも悲しかったので
「このままじゃ埒があかないので
お互いに折半でどうですか?
新品を買うと2万なので、1万ずつで!」
と
交渉を持ちかけたらokに。
1万円もらって、その上で
楽天で1万円くらいで新品見つけて
GETしました。笑
私の金銭負担はなく、気持ち的にも大勝利でした。
でも納得いかない想いと
あんなに仲良かった大家さんと最後にモメてしまったのがずっと心残りでした。
でも、この記事を読んで
「私やっぱり間違ってなかったじゃん!!
しかも
減価償却って考え方もあったのか!
それに
訴えてたらこんなに時間かかって
イライラもする事になってたのかー!
ほんとお疲れ様でございます…」
と
あの頃の気持ちがよみがえりました。
あの時に、この記事が検索できていたら。
いや、
今後引っ越す人の目にふれることを願って。
重ね重ね、貴重な記事をありがとうございました!!!
こんにちは。全て読ませていただきました。
貴重な情報をありがとうございます。
私もまさに昨日不動産屋さんから28万円余りの退去費用の請求をされ、国土交通省のガイドラインや、他ネットの情報を熟読している所です。
発生から裁判終了まで丁寧に説明いただき、概要が掴め、とても心強く思いました。
弁護士さんのお父様のご意見も、とても貴重でありがたく参考にさせていただいております。
また、軽快な語り口で、難しい内容もすんなり理解でき、むしろ楽しく読ませていただきました。ありがとうございました!
今日明日で自分の主張をまとめ、不動産屋にファックスしようと思っています。
頑張ってみよう、という勇気をいただきました。
ありがとうございました。